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らいLIGHT217号 『一木一草…』
 この後、「一石一沙も活き物である。尊ぶものに幸あり」と
続きます。
 6月24日中日新聞の運勢:うま年の項に載っていました。
私もつくづくそう思います。「沙」は砂のようなものです。
 仏の前と言うか宇宙の中では、一本の木や草・石や沙、
また動物や昆虫・細菌の類に至るまで命と言うことでは
人間と違いがあろうか、命の重さに変わりはない。

 たまたま地球上では人間が図抜けた頭脳をもったことで、
他のものの上に君臨し、人間に都合の良いように必要なら
収奪し邪魔なら殺してしまっています。

 かく言う私もその一人、それらの犠牲の上で安楽で快適な
生活を満喫しています。が、その命を食べさせて頂いて
有難うございます、使わせて頂いて有難うございます、
だけは忘れないようにしています。

 そんな気持ちで、本社駐車場は植栽から落ちた葉などを
全て根本に堆積させていたら小さな森となりました。
いまだに植物の種類も増えています。
工場の県道側も次第にそうなりつつあります。

 ところで本社分室の北側、隣地との境界にある低いブロック塀
との狭い隙間に桐の木が生えています。
私が植えたのではありません。鳥の糞で運ばれたのか?
自然に生えてきてこの数年春から初冬に落葉するまで
豊かに葉を茂らせていました。隣が駐車場だった時は
茂った葉や落ちた葉が邪魔にならないように事前に
間引いたり掃除したりしていました。

 その木が隣家の新築工事中に人の背丈ほどで伐られて
しまいました。悲しいことですが致し方ないことと
あきらめました。
低くなった木にまた芽が出て葉となりました。
ほっとしました。
でもその葉もむしりとられてしまいました。
隣家の方も車が葉で汚されないよう辛い気持でそうされたのかも
しれません。
そのことにどうこう言うつもりはありません。
木がブロック塀を壊す前にもっと低いところで伐り、
その木はここに命があった記念として残しておこうと
思っています。

 こんなことを言っていても、蟻が台所に侵入して来た時は
甘いものを外に置いて出ていってもらいますが、ゴキブリを
見つければ捕まえてトイレに流しますし、蚊が出れば香取線香も
使います。勝手なものと分かっています。

 しかし、人間は周囲の自然に対し上に位置するのではなく、
お陰さまで生かさせてもらっていることだけは忘れてはいけないし、
謙虚であるべきと思います。
 そうでないと幸せどころか地球にとって人類はいらないものと
なってしまう時が思いのほか早く来るかもしれません。
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2010/07/02(Fri) | らいLIGHT | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
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