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らいLIGHT 243号 『ちょっとした…』
…はどう続くのでしょう?今回は「気配り」です。
日頃のふるまいに「ちょっとした気配り」があるかないか。
例えばドアを閉める。勝手に閉まるからとほっておく、
ストッパーが正常ならいいけれど、具合がよくないと
閉まらないままになってしまいます。

ドアの開け閉めについては何度か話したことがあります。
何人かの諸君は自動で閉まるドアでも自分の手を添えて
閉まるのを確認しています。特に工場ハウス入口のドアでは、
某君が閉める姿に感心しています。ていねいなのです。
見ていて気持ちが良いし、私が接する彼は行動や言葉にも
気配りがあるのを感じます。

でも多くの諸君はドアに任せています。時にはバタンと
大きな音を出して閉まってしまい、周囲の人たちを驚かせたり
不快にさせたりします。
ドアを自分の手で閉める、しかも大きな音を立てず、そっと閉める。
これがちょっとして気配りです。
ていねいに閉めるには手を微妙な感覚で動かす必要があります。
些細なことですが体も頭も鍛えられる筈です。
出来れば会社内のドアは自分の手で開け閉めするものに替えたい
とも思っています。

ちょっと余談になりますが、「文明の進歩は人間力の退化」と
常々思っています。文明が進歩して便利になるほど、人は頭も体も
使わなくて安全で快適に生活できます。心身ともに弱くなるに決まって
います。
人間力が退化した社会では文明の進歩も望めません。そして人間社会が
衰退していくのではないでしょうか?
日頃からある程度は不便を楽しむことが大切です。

他にもいくらでも気配りのタネはあります。と言うより振る舞いの
全てについて言えることでしょう。これもいつも言うことですが、
脱いだ靴などの履物をきちんと揃えておく。椅子を立ったらその椅子を
所定の位置に戻す。事務所内では相当に実践されています。
でもそうでない部署も。

また言葉や文章では気配りがもっと必要です。気配りのあるやりとりが、
夫婦にしろ、会社や様々なグループの仲間との間柄を暖かく親しみの
あるものにしてくれます。
最近多いネットでの匿名の誹謗中傷などには気配りのかけらもありません。
絶対にやってはいけないことです。
しかし、気配りにとらわれ過ぎて自分を見失ったり・ストレスになっても
いけません。ですから「ちょっとした気配り」、人生が幸せか・幸せが
薄いか?大きく影響しますよ。
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2012/09/04(Tue) | らいLIGHT | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
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