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らいLIGHT252号 『不便』
 もうじき71歳の私は、第二次大戦の終りがけの記憶が
二つだけあります。はるか上空で飛行機からピカッと光が
出たこと。機関砲を撃ったのでしょうか?
もう一つは父に抱えられて満員電車の中にいたこと。
戦中戦後は今の鳴海で過ごしていました。防空壕の跡も
あり、畑では麦踏みもしました。幼稚園に入るとお昼の
おかずに隣の農家へ卵を買いにいきました。
もちろんテレビも洗濯機もエアコンなどは影も形も我が家
にはありませんでした。そんな頃から次々と便利になる時代と
ともに生きてきました。

 今では幸いにしてかろうじてITの端っこにも触れられます。
私の同年代ではメールも全く駄目と言う連中が半数近くいる
ような気がします。
この後、どこまでついていけるのか分かりませんが、日常生活を
楽しむ程度にはこなしていきたいものです。
毎週のようにウィンドサーフィンを楽しむ私にとっては天気予報と
宿の予約が気楽にできるのは本当に有難い。便利のタネは枚挙に
暇がありません。

 でもこれは人間のために良いのかと言う疑問がいつも頭に
あります。
便利、つまり文明の進歩は人間の退化につながるのではないか?
今はまだ文明の進歩は留まるところを知らず、ますますその
速さを増しています。果たしてどこまで便利になるのか?

 人間も動物です。動物としての能力が衰えたら、人間の特質で
ある『知』も衰えだすと思います。動物力を失くして『知』だけを
進化させるのは無理な筈です。
未来の何処かの時点で、この動物力の退化が『知』の退化の始まりに
繋がり、文明の進歩を止め、文明を支えられず文明の崩壊が起こる
ような気がするのです。

 とまあこんな大げさな話はさておき、『便利』にあまり頼らず
『不便』を楽しむことです。例えば『字』、キーボードを叩けば
どんな字も自由自在、でも書こうとすると書けない。
字を書くのがどれほど頭と体を使うのか、キーボードに頼れば頭も
体も衰えるばかり。手書きも続けることです。
また、私の大好きなウィンドサーフィンなど、乗るための準備だけで
小一時間はかかるし、すべて自分の腕力・脚力・判断力が必要。
それだけ時間をかけても風が変わればやり直し。まあ不便の塊。
でもこの不便を楽しむことで動物力と知力が衰えないのです。
『便利』に頼り過ぎず、あえて『不便』を楽しむ!
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2013/06/01(Sat) | らいLIGHT | トラックバック(-) | コメント(-) | page top↑
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